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中国の旅

杭州 西湖周遊の船を楽しむ

杭州、紹興、烏鎮の旅

 旅の三日目(3月15日)である。午前中南京市郊外の紫金山の中腹にある中山陵を訪れる。中国人の尊崇の的孫文の墓である。白壁に濃紺の屋根をいただく墓所にたどりつくまでには400段ほどの階段を上がらなければならない。そこから遠くにかすむ南京市街と山々が見える。見事な展望である。

 中山陵を囲む一帯は松林である。道端に可憐な紫色の花を咲かせている紫金草を見つけた。南京攻略に参加した兵士が、罪を悔いて紫金草の種を日本に持ち帰り全国各地に種をまき花を咲かせた紫金草物語を思い出した。

 一行20人はここを辞して杭州に向かい高速道路を走る。バスの窓外に見えるのは江南の農村地帯である。所どころ菜の花畠が広がっている。ビニールハウスも見かけた。野菜の促成栽培であろう。ここは上海、杭州など大都市に近い。白壁に黒い屋根の立派な2階建ての家々が連なり集落を形成している。外面は裕福そうに見える。中国社会は格差社会で、特に農民と都市市民の生活水準の落差はひどいと思っていたが、少なくとも大都市に近い農村は違うようである。
 途中の休憩所で昼食をとる。晴天で風もない。春の日差しを浴びて、外で弁当を食べるのも心地よい。連日の豪華な中華料理で疲れた胃袋には、いなりずしと巻きずしの和食は丁度よかった。旅行社の湯啓福さんが南京で仕入れてきたものであるが、いなりずしは名古屋のものとほとんど味は変わらない。

 杭州に近づくにしたがって観光バスやマイカーで渋滞が起こる。杭州の西湖に着いたのは、午後を大分回った頃である。旅行案内は現地西湖美人Aさんである。早速西湖周遊の船に乗る。船上は風が強かった。韓国青年グループが大声でしゃべっていた。40分ほどであらまし見ることが出来るので大きな湖ではない。船を下りて、優美な石の橋でつながれている堰堤を歩く。柳の並木が続き、ところどころ赤い花が咲いている。若い男女が歩いている。湖上では、手漕ぎの小さい木の舟で舟遊びをしている。以下Aさんの口上である。

 西湖と名乗る湖は数々あるけれど中国第一の西湖は、この杭州の西湖である。どこよりも美しい。二人の大詩人白楽天(中唐の時代)と蘇東坡(北宋の時代)がこの地を治めていたとき堰堤を作った。それぞれ白堤、蘇堤と呼ばれている。

道の両脇は柳と桃が植えられており、春は柳の緑と赤い桃の花が水面に映える。西湖を何よりも有名にしているのは西施が生まれたところである。中国の四大美人のトップは西施である。楊貴妃ではありません! 越王勾践が呉王夫差に服していた頃、西施を呉王に献じた。呉王夫差は西施の色香におぼれ、ついに越王勾践に攻められ国を滅ぼした。ここから超美人を傾国(或いは傾城)という。いまならば超政略結婚というべきところか。

鳥居 達生
(以下次号に続く)
 

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