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支部だより
稲沢支部「『満蒙開拓平和記念館』と花桃の里」バスの旅
5月11日(金)「『満蒙開拓平和記念館』と花桃の里」バスの旅が、治安維持法国賠同盟稲沢支部との共催で行われ、25人が参加しました。
3月20日に行われた映画『望郷の鐘』と記録DVD「内原訓練所」上映会に次ぐ取り組みとして計画されたものでした。
『満蒙開拓平和記念館』へ向かう谷筋の道にはアカシアの白い花が美しく咲き、中国遼寧省の山々を思い起こさせました。記念館で説明を受けました。
�,離魁璽福爾蓮崕�章―時代を知るタイムトンネル」で1905年日露戦争で満州での権益入手からソ連対日参戦までが、
�△蓮崑舂Δ悄識覗�で見る満蒙開拓」で試験移民(武装移民)、分村・分郷移民、満蒙開拓青少年義勇軍等が、��は「新天地・満州―希望の大地」、�い蓮崘埓錣汎�避行―絶望の彷徨」、�イ蓮崗攜澄修修譴召譴竜�憶」で13人の体験が文章や証言映像で、
�Δ蓮岼�揚げ・再出発―失意の帰還」でシベリア抑留や日本での再入植が、�Г蓮嵋抄拭住核椹�昭と残留孤児」、�┐蓮嵎刃造別ね茲悄失�、私たちができること」で、「歴史に学び、今を見つめ、未来をつくる。同じ過ちをくりかえさないために。平和な社会を築くために」とのメッセージが寄せられていました。
父はここにいたんだ!
日中稲沢支部事務局Sさんは指差しました。「長野県出身の父は、満蒙開拓青少年義勇軍として満州に渡り、敗戦後シベリアに抑留されたが、自分の体験をほとんど語らなかった。厚生労働省に問い合わせ、ナホ県ナンエイに入植と知ったが、あっ、ここなんだ!」と。それは「納河」県東方の「南英」で、少年の日の父の苦悩と結びついた瞬間でした。 ごか食堂での昼食のあとは、長岳寺の見学でした。長岳寺は『望郷の鐘』の山本慈昭氏の寺で、武田信玄の遺体を安置した寺と伝えられています。
階段を上って山門をくぐるとすぐ庫裏と本堂があり、左手へ行くと鐘楼がありました。
説明書きによると、この「望郷の鐘は中国旧満州で死没した四万数千人の供養のため鋳したもので中国紅十字会児斐君女史の書と当山貫主の望郷の詩が刻まれている」とあり、平和を願ってその鐘を衝き阿智の谷に響かせる方もいました。
右手には山本慈昭氏の胸像があり、その向うの石碑には「日本と中国は平和と友好で永劫に手を握りましょう」と刻まれていました。




